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香川大学創造工学部

堀井研究室

研究概要

これまでに、究極の小型磁石である分子磁石に焦点を当て、分子メモリーを志向した高配向性ナノ薄膜の構築や優れた分子磁石の合成、やわらかい分子磁石結晶の構築など、分子磁石を利用した機能性物質の構築において多様な成果を上げてきました。また最近では、有機物からなる柔軟な結晶を利用した熱エンジンの構築に成功しています。以下に代表的な研究成果を示します(内容は順次更新します)。

やわらかい分子磁石

分子材料が無機材料と比較して優れている点の一つとして、高い柔軟性が挙げられます。近年では、結晶性を保ったまま外力に対して可逆的に変形することが可能な「弾性結晶」が注目を集めており、柔軟性と固体発光特性、あるいは柔軟性と電気伝導性といった、複数の機能を併せ持つ分子結晶材料が報告されています。

このような背景のもと、私たちの研究グループでは、ポルフィリン分子を基盤とした弾性結晶の創製に取り組んでいます。ポルフィリンは、血液の赤色の起源として知られる分子であり、生体内にも広く存在する身近な化学種です。このポルフィリンの中心に銅イオンを導入し、さらに分子周囲に炭素数11のアルキル基を導入することで、磁性を有しながら高い柔軟性を示す銅ポルフィリン錯体結晶を得ることに成功しました。本物質では、銅イオンの不対電子に由来する磁性と、分子結晶としての弾性変形能が共存しており、磁性と柔軟性を併せ持つ新しい分子結晶系を実現しています[Chem. Commun. 2023]。低温での磁気測定より、この系は遅いスピン緩和を示し、分子スピン量子ビットとして有用であることを見出しました。弾性変形に伴う磁気特性の変調は「メカノマグネティクス」とよばれ、オーストラリアクイーンズランド大学のKennyらによって理論的に提唱されていますが、実験的には未だ実現されていません。本物質はメカノマグネティクスの候補物質として有用であり、外力応答性の機能性磁気材料として利用することができます。

分子構造
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​磁気特性
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やわらかい分子結晶からなる熱エンジン

さきほど紹介した銅ポルフィリンは、炭素数11の長さをもつアルキル基を有していました。では、ポルフィリンの中心から銅を除き、アルキル基の炭素数を12とした場合には何が起こるでしょうか(左図)。実は、このポルフィリン分子も弾性結晶を形成しますが、その性質は銅ポルフィリンとは大きく異なります。まず、銅ポルフィリンと比較して、結晶がより大きく成長するという特徴があります[J. Am. Chem. Soc. 2025]。

分子構造
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​結晶が曲げられる様子
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さらに、この結晶は、温度を上昇させると結晶が伸びる、すなわち負の熱膨張を示します。一般的な物質は温度上昇により膨張するため、この挙動は非常に珍しいものです。下の図は、ポルフィリン結晶の温度を0 ℃から−50 ℃まで下げた際に、結晶が約3.5 %伸長する様子を示しています。また、この物質は単結晶として得られるため、単結晶X線構造解析により分子構造を精密に決定することが可能です。解析の結果、ポルフィリン分子が一方向に積み重なることで針状の結晶が形成されており、その周囲で2本のアルキル鎖が激しく熱運動している様子が確認されています。詳細は省きますが、温度を上昇させるとアルキル鎖の熱運動が抑制され、それに伴って分子配列が変化することで、結晶が伸長した状態(伸長相)へと変化(相転移)することを明らかにしています。

負の熱膨張
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温度変化に伴う結晶構造の変化
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さきほどの温度変化による結晶の伸縮は最大でも約3.5 %と、類似の結晶材料としては十分に大きいものの、肉眼で容易に変形を確認できるほどではありません。そこで私たちのグループでは、この小さな結晶変形を大きな変形へと増幅するために、「結晶におもりを取り付ける」という非常にシンプルな手法を見出しました。右の動画(クリックで再生可能)は、結晶の先端に接着剤でおもり(丸い金属片)を取り付け、しならせた状態で温度を変化させた際の様子を示しています。温度を下げると結晶が大きくしなり、さらに冷却を進めると再び直線状に戻ることが分かります。なおかつこの変化は可逆的であり、昇温過程でも同様の変形を示します。

結晶が変形する様子
​結晶変形のメカニズム
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おもりによって結晶に負荷がかかると、結晶は円弧状にしなり、円弧の外側は引き伸ばされ、内側は圧縮された状態になります。この状態で結晶を冷却すると、円弧の外側では引き伸ばす力が働いているため、優先的に結晶が伸長相へと変化します。一方、円弧の内側では圧縮力が働いているため伸長が抑えられます。その結果、円弧の内側と外側での結晶の長さの差が増大し、結晶全体が大きく曲がります。さらに温度を下げると、円弧の内側でも負の熱膨張による伸長が起こり、内外の長さの差が解消されることで、結晶は再びまっすぐな形状へと戻ります。このメカニズムは、放射光施設SPring-8で利用可能な集光X線を用いたピンポイント構造計測によっても実験的に確かめられています。

​先ほどは、おもりを取り付けた結晶の周囲の温度を一様に変化させた際の結晶の変形を確認しました。では、温度勾配のある環境にこれを設置するとどのような変化がみられるでしょうか?右下の動画(クリックで再生可能)では、結晶の右側に0℃の低温熱源を、結晶の左下部に30℃程度の高温熱源を設置した際の結晶の様子を示しますが、興味深いことに結晶が励振され、持続的・高速・大変形な振動を示します。この際、温度変調などの複雑な操作はしていません。つまり、静的な温度差が結晶の振動という運動エネルギーへと変換された、すなわち、結晶におもりを付けた系が熱エンジンとして動作したことを意味します。私たちの知る限り、これは有機結晶が熱エンジンとして振る舞うことを示した初めての例であり、私たちはこの新たな熱エンジンを結晶熱エンジンと呼んでいます。結晶熱エンジンは耐久性に優れており、160時間連続稼働させても劣化は見られませんでした。また動作の仕組みはシンプルで、結晶がまっすぐなときは低温熱源で冷やされて曲がり、曲がった先の高温熱源で結晶が暖められてまっすぐになる、というサイクルによって持続的に駆動します。

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優れた耐久性と温和な温度条件で動作可能というユニークな特性を有する結晶熱エンジンですが、実用化に向けては依然として多くの課題が残されています。例えば、現時点では結晶のサイズや形状を精密に制御する手法が確立されておらず、その結果として、動作速度や変位量は結晶熱エンジンごとに大きく異なります。左下に示したSample 1(クリックで再生可能)では比較的ゆっくりとした動作が観察される一方で、他の結晶熱エンジンではより周期の速い振動が見られます。このような動作特性の違いは、結晶の太さや長さ、おもりの質量といった幾何学的・力学的要因に強く依存していることが分かっています。今後、結晶熱エンジンを実際に利用するためには、これらのパラメータを設計指針として整理し、動作特性を能動的に制御するための手法を確立することが不可欠であると考えています。

また、現在の系では、動作のために約0 ℃の低温熱源が必要であり、より室温に近い条件で動作させることが重要な課題です。加えて、現時点での結晶熱エンジンのエネルギー変換効率は約0.001 %と見積もられており、効率の向上も今後取り組むべき重要な研究課題の一つです。

​結晶熱エンジンのサンプルに依存した振動

現在、より優れた熱エンジン特性を示す物質探索を行っており、将来的には、温和な環境に設置するだけで自発的に駆動するような材料の構築へとつなげます。結晶熱エンジンを小型ロボットの駆動源として利用したり、結晶の動きを電力に変換することで発電に応用したりと、幅広い展開が期待されます。

単分子磁石からなる超薄膜の構築と配列制御

単分子磁石は、分子でありながら磁石のような固定された方位を有する化合物です。単一の分子にスピンの上下として情報を記録できることから、超高密度の磁気記録デバイスとしての用途や、スピントロニクスへの応用が期待されています。特に前者の用途では、個々の分子に短針を用いてアクセスするため、単分子磁石の均一かつ大面積な2次元配列の形成が必要不可欠です。無機材料の微細加工を利用したトップダウン方式とは対比的に、分子を用いた素子作成では自己組織化を利用したボトムアップ方式を利用するため、省エネルギーや素子の微細性、均一性においてトップダウン方式を凌駕する可能性を秘めています。

このような背景の中、私はボトムアップ方式の手法の1つであるLangmuir-Brodgett(LB)法を用いることで、均一かつ大面積な単分子磁石薄膜を構築することに成功しました[J. Mater. Chem. C 2023]。

LB法は溶液プロセスをもとにした省エネルギーな手法です。薄膜の構築操作は非常にシンプルで、金属イオン水溶液に配位サイトを有する単分子磁石の溶液を垂らすだけで、水溶液上での配位結合形成に伴い単分子膜が生成します。

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本薄膜をシリコン基板に写し取り、SPring-8において軟X線磁気円二色性(XMCD)スペクトルを測定したところ、磁気記録媒体として有利な垂直磁気異方性を有することが明らかとなりました。この結果は、本薄膜中で分子が高度に配向していることを示唆します。純水上に単分子磁石溶液を垂らして作成した薄膜では垂直磁気異方性が見られないことから、単分子磁石と金属イオンの配位結合形成が高配向性薄膜の構築に極めて重要であることがわかります。また、単分子磁石への化学修飾によって薄膜内での分子配列様式が変化し、磁気特性が向上することを報告しました[J. Mater. Chem. C 2024]。

本成果は分子をベースとしたボトムアップ型のスピントロニクスを大きく推進するものです。現在は、薄膜内での拡張π共役系形成によって、単分子磁石特性と電気伝導性を共存させた機能性薄膜の構築を目指し、研究を行っています。

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単分子磁石の二量化に伴う性能の向上

単分子磁石の産業利用への道を阻む要因として、方位を保持できる時間が短いことが挙げられます。これは、単分子磁石が分子であり、その物性が量子力学に従うためです。すなわち、単分子磁石に上向きの方位を取らせたとしても、量子トンネル効果により下向きの方位へと変化してしまいます。したがって、記録媒体としての利用を考えた際、量子トンネル効果を抑制する必要があります。私たちは、単分子磁石の二量化によってこの問題が解決できることを報告しています[Chem. Eur. J., 2018]。クラウンエーテルを導入した単分子磁石に対しカリウムイオンを作用させたところ、単分子磁石二量体が形成され、単量体と比較して方位の保持時間が1000倍に向上しました。つまり、単分子磁石としての性能が大幅に向上したことを示しています。これは、二量体形成に伴い単分子磁石間に磁気的な相互作用が働き、スピン波動関数が変化したことに由来します。本成果は、ホスト―ゲストの化学と磁気化学をうまく融合した稀有な例であるとともに、両者の組み合わせが単分子磁石の性能向上に極めて有効であることを示しています。

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